雑記

親友を亡くした日。

これは、誰に何を伝えるといった趣旨の記事ではありません。
私の感情の備忘録と、自分自身に向けての記事です。読者は私自身です。
特に目的も結論もありません。それでもよければ、ご興味ある方だけお読みください。


4月4日。

私と親友(以下、けんちゃん(仮名)(男))の、共通の友達(男)からFacebookでメッセージが来た。
彼はけんちゃん経由で知り合った友達で、基本、けんちゃんに関する内容以外ではやり取りはしない。
LINEアカウントも交換していないぐらいの仲だ。

そんな友達から久しぶりの連絡。

嫌な予感がした。

すぐにメッセージを開いた。

始まりはこうだった。

「ごめん!
いきなり悲しい辛い連絡するのはどうかと一瞬迷ったんだけど、」

 

ここまで読んで、『あ、確定だ。』と思った。

 

「ごめん!
いきなり悲しい辛い連絡するのはどうかと一瞬迷ったんだけど、
やっぱりすぐに伝えた方がいいと思ったので連絡するね!

さっき1時間前に〇〇から連絡があったんだけど、けんちゃんが今月の3日に亡くなりました。
突然の悲しい連絡なので病気が原因ということだけで詳しくは全然わからないんだけど、、」

 

「亡くなりました」

からの続きは全く入ってこなかった。

 

え、何?なんで?事故?過労?自殺?殺人??

死因が頭を巡る。

続きの文を3回ぐらい読んでやっと頭に入ってきた。

死因は病気だったんだ、と。

とりあえず自殺や殺人というやりきれない理由ではなかった点は安心した。

 

自殺や殺人だったら誰かを恨まなきゃいけない。
もし、そんな目に合っていなければ、、と
どうにもならないもう一つの未来を想像して余計に悲しくなってしまう。

まだ詳しいことはわからないけど、病気なら、まだ、それが寿命だったと無理やり納得できる部分もある。

 

ーー

 

その親友、けんちゃんとは、大学生の時に参加したモンゴルのツアーで知り合った。

同い年の男の子。

顔が真っ黒に日焼けしてて目が細くて、普通体型だけど、でも腕とかガッチリしてて。

何もしゃべらなければちょっと近寄りがたい感じ。

 

でも喋ってみたらよく喋りよく笑う、ノリのいい子だった。

 

同じツアー参加者の20人ぐらいは殆どが大学生だったけど、その中でも私達2人は最年少で同い年だったという共通点もあり、出会ってすぐに意気投合した。

 

初日は船で下関から中国の青島に向かった。

初日にも関わらず、私達は自分たちの部屋を抜け出して共有ロビーで朝まで2人で喋ってた。

それぐらい、気が合った。

 

実は私は団体の中に入っていくのが苦手で、大勢の人がいると引っ込み思案になってしまい、全員と仲良くなるまでに時間がかかる。

 

だから、気の合う人を見つけたら、ずっとその人と一緒にいたいと思ってしまう。

それにしても、けんちゃんとの気の合い具合は異常だったけど。

 

「眠かったら寝ていいよ」

って何回も言ったけど、けんちゃんは「いや、別にいいよ。寝なくてもいけるし、お前寝るなら寝てもいいし。」って。

私は2人でいる時間が楽しくて、寝るのがもったいなくて、結果、そのまま朝が来た。

(初対面でよくそんなに尽きぬ話題があったものだと今振り返っても不思議に思う)

朝になって、もうさすがにしゃべる気力も失せてきて、でもお別れして部屋に戻るのも嫌で、そのままソファで横になった。

そしたらけんちゃんも近くの別のソファで一緒に眠りについた。

そして昼まで2人で爆睡。

周りのみんなには信じられないぐらいの急な親密度だったと思う笑。

そして結局、その旅の間、どこか観光地に降り立っても、最初はお互い別行動だったはずなのに、何故かいつも合流してしまい、どちらが誘うでもなく、そのままの流れで結局一緒にまわっていたし、

夜はみんなの輪を抜け出して2人で草原で語り合ったし、

5日目の夜は、夜中に草原の丘にのぼって、隣に寝っ転がって肉眼で見える天の川と、1分に1つ流れる流れ星をみて、歌を歌った。

モンパチとか、ラッドとか。

 

こんなに仲が良くても、お互いに恋愛感情はなかったし、お互いに恋愛感情がないことも、お互いわかってた。

それが、すごく心地よかった。

 

日本に帰ってからは最初のうちは数か月ごとに2,3回会っていたけど、お互いに就活、社会人になって、忙しくなって疎遠になった。

 

社会人になって一度だけ会った。

その時は今の会社が激務すぎて相当しんどそうだった。

強気の彼でも、珍しく弱音を吐いてた。

「そんな辛いならやめたほうがいいよ」と私は言った。

 

それを最後に、会わなくなり、メールのやり取りも、なんとなく、なくなった。

基本けんちゃんは、連絡不精だし、忙しいとなお、返事が返ってこない。

 

そのまま私はシンガポールへ。

 

けんちゃんが亡くなる約5か月前、私の日本への一時帰国予定が決まった。

久しぶりに、けんちゃんに会いたくなって、ここ最近の話をいっぱい聞いて欲しくて、連絡することにした。

 

でも、シンガポールからだと電話もうまくつながらないし、LINEアカウントも知らないし、Facebookもやるような人じゃない。

 

連絡手段が断たれた私は、昔、けんちゃんの友達何人か交えて一緒に遊んだ時の、共通の友達の一人に連絡した。

Facebookで繋がっていてよかった。

 

連絡したらすぐに返事が返ってきて、彼もしばらくけんちゃんとは連絡とっていないみたいだったけど、電話してくれて、私のLINEに連絡をくれるように伝えてもらった。

 

友達から、伝えたよ!と連絡もらってから1日たっても2日たっても連絡がこない。。

本当に連絡不精なんだから、、

このまま連絡こなかったらどうしようと心配していたら数日たってからやっと連絡がきた。

「うす!●●(けんちゃんの苗字)だ。
〇〇(繋いでくれた友達)から連絡きたけどなんかあったか?」

 

何かなきゃ連絡しちゃいけないのか!(゚Д゚)ノ
久しぶりの連絡は会いたいからに決まってるだろー!ヽ(`Д´#)ノ ムキー!! 

と思いつつ、でも連絡がきたことが嬉しくて、すぐに返事した。

 

「会いたいなーと思って!

・・・(略)」

 

 

私が送ったメッセージは、待てども待てども既読にはならなかった。
彼にとって私の存在はその程度だったのか、と激しく落ち込んだ。

 

それから3ヶ月後に、冒頭の連絡が来たのだ。

 

ーー

 

だから、実際、けんちゃんとは私が勝手な心の繋がりで親友だと言っているだけで、実際に会った回数でいうと10回もないと思うし、

ここ8年ぐらいは会っていなかったし、
彼にとっては私はただ数多くいる友人のなかのただ1人だったんだと思う。

 

訃報を聞いたときも、
全然実感がなかった。

 

動かなくなった彼を見ていないし、8年も会っていないけんちゃんが、私の毎日の生活に占める割合は、ほぼゼロだった。

 

だからかもしれない。

 

亡くなったと知って最初に心の中で彼にかけた言葉は、

「先にいって待っとってね。もうちょっと先やと思うけど、私もそっちいくからね。そっちの世界でまた会おうね。」

だった。

 

そして、新卒で入った会社が辛かったことも知ってたから
「今までよく頑張ったね。病気も辛かったね。もう楽になったね。よく頑張ったね。」
と声をかけた。

亡くなった悲しみを嘆くより、お疲れ様、という気持ちのほうが、強かった。

 

 

私がこれまでの人生で親しい人を亡くしたのは2人。

一人目はおじいちゃんだった。

 

おじいちゃんは94歳で老衰。
いつものように仕事机に座ったまま、動かなくなっていたそう。

おじいちゃんの時はそんな幸せな死に方だったから、なおさら、
「長い間、お疲れ様でした。やっと楽になったね。」
という見送る気持ちで、あまり涙が出なかった。

むしろ、94にもなって毎日会社に行って仕事をして、家にも持ち帰ってずっと仕事をしていたおじいちゃんを心底尊敬もしていた反面、老体に鞭打って頑張ってる姿に心を痛めてたから、やっと仕事や現世の苦労から解放されて、「よかった」とすら、思った。

 

今回の親友に対しても、それに近い感情だった。

だって、全然実感がないから。
涙も溢れてこない。

これが、もっと頻繁に会っていたならまた違う感情だったんだろうけど。

 

その知らせを聞いた夜、ベッドに入った私。
じっくりと親友について考えてみる。

いつから体悪かったのかな、痛かったかな、苦しかったかな、発作的に亡くなったのかな。

今は棺桶で寝ているのかな。

夢に出て来てくれるかな。

実家の最寄り駅はどこだっけ。

あの時あそこいったな。

あんなこと喋ったな。

もう、喋れないのか。

もう、私の心のよりどころだったけんちゃんには会えないのか。

 

そんなことを考えていたら、やはり涙が出てきた。

 

でも、やはり実感がない。悲しみが薄い。

親が死んだらというのを想像して出てくる涙と同じ種類の薄っぺらい涙だった。

 

翌朝目が覚める。

私はいつものように起きていつものように顔を洗い、歯を磨き、仕事をする。

同僚と冗談をいい、美味しい食事をして、笑い、

何も変わらないいつもの日常。

 

こんなに悲しいことがあったのに、私はいつもと変わらない私だ。

 

けんちゃんの死を悲しめていないことが、悲しい。

どうしても、けんちゃんが亡くなった実感がわかない。

次、帰国したら、親友の実家に行って、お線香をあげに行こう。

 

人生で親友だと思える人は本当に限られている。

今の私の場合、その子をいれて9人。

 

その親友にお線香も上げにいかなかったら、一生後悔すると思った。

そしてきっと、遺影を見て、お線香をあげた時、初めて私は親友の死が心になだれ込んでくるんだろう。

 

・・・と思っていたけれど、半年がたった今もお線香は上げに行けていない。

なぜなら、ご実家の住所も連絡先もわからないから。

 

なんて、、、希薄な繋がりだったんだろう。

けんちゃんがどこかで生きてて、いつでも連絡がとれると安心しきってた。

私の怠惰さに、

自分にとって大切な人を大切にしてこなかったことに、

心底腹が立つ。

親友だと思っていた人をちゃんと見送ることすらできないなんて。

 

人はいつ死んでもおかしくないのに。

LINEのアカウントすら交換していなかったんだ。

 

けんちゃんの死因は、過労だったそう。

最後の方は体調悪すぎて会社にも行けずに休んでいたのに、大丈夫大丈夫と行って病院にも行かなかったそう。

やっぱり。いかにも、けんちゃんらしい。

 

モンゴルツアーで馬に乗ってひたすら草原を走った。その時に馬の先導者である、モンゴル人は言ってた。

「馬は、走り出すと、自分の限界を知らずにどこまででも走っていってしまう。そして、走っているうちに体力が尽きてコテンと死んでしまう。だから、上に乗る人間が、馬をコントロールしてあげなきゃいけない。」

今思えば、まるで、けんちゃんのことを話しているようだ。

 

けんちゃんの死を経たことで、私ははっきりと、日常生活で「死」を意識するようになった。

 

けんちゃんが亡くなってからすぐに私は、
私が死んだら連絡してほしい人をリストアップした。
私が突然いなくなっても困らないようにデータを整理し、パスワード等の情報も書き出した。

 

日常生活では、

毎日、「いつ死んでもおかしくない」と思って生きるようになった。
ー若くても、不運で亡くなる人はたくさんいるから。

大切な人には、「また今度でいいや」と思わずに、思い立った時にこまめに連絡するようにした。
ー1か月後にはもう連絡がとれないかもしれないから。

車道を渡る時もこれまでにも増して慎重になった。
ー車側の不注意で被害が飛んでくることもある。

「おはよう」や「おやすみ」の挨拶は、毎日のことだしあまり言うことに意義を感じていなかったけど、眠くても、面倒くさくても、ちゃんと「おやすみ」を言うようにした。
ー明日、目を覚まさないかもしれないから。

誰かと喧嘩をしたら、その日のうちに仲直りするようにした。
ありがとう、ごめんねを、ちゃんと伝えるようにした。
ー伝えたい言葉を伝えられない別れが1番後悔するから。

 

以前は全くそんなことなかったのに、心配性になった。
ー根拠のない「大丈夫」は命取りになるから。

 

食べたい、遊びたい、会いたい・・自分の「今」の欲求を大事にするようになった。
ー生きてる間しか、人生は楽しめないから。

 

・・・・。

 

みんなさ、自分は死なない。
自分は大丈夫。
こんなことぐらいでは死なない。
と思って生きている。

 

でも、死ぬんだよね。

 

いくら自分が気を付けてても、自分に非がなくても、運に恵まれなくて死んじゃうことがある。

青信号を渡っていても、車にはねられたり。

別に恨まれることしていないのに、「誰でも良かった」といって刺されたり。

誰かを守ろうと戦った結果、撃たれたり。

 

それは、自分だけの話じゃなくて、自分の大切な家族、友人にも起きる可能性は同様にあるわけで。

 

だから、ありきたりだけど、常に「死」を自分の隣に共存させ、
「今」を大切に、「周りの人」を大切に、精いっぱい、生きる。

いつ死んでも後悔のないように、生きる。

これからも。
生きていく。

 

 

※親友への追悼の意を、ここに表して

 

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